夢見るコアラの日常

日本の政治と経済について勉強中。色々考察していく

8割おじさんのGoToトラベル論文に反論してみた

 

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京大グループのGoToトラベル論文が話題に

www3.nhk.or.jp

京大グループからGoToトラベルが感染者増加に影響したという論文が報じられた。

著者は8割おじさんで有名な西浦教授。

 

早速話題となり、既にGoToトラブル再開に反対するメディアや野党が一部情報だけを切り取り利用しているが、中身を読んでみたところ、どうも引っ掛かる点が多く、はっきり言って論文の質は非常に低いと評価せざるを得ない

いくつか解説していこうと思う。

 

調査対象期間が全国の新規感染数ピーク時と一致する

今回、この論文ではGoToトラベル開始前と開始直後の2つの期間において、都道府県が公表している感染者状況の中から、旅行に行って感染したと見られる人数をカウントし、その比率を計算している。

記事でに記載されている3倍とは、GoTo開始前の7/15-7/19の5日間(Period.1b)に旅行して感染したとみられる人数:13人と、GoTo開始直後の7/22-7/26の5日間(Period.2)中に旅行して感染したとみられる人数:34人から、34/13 = 2.62倍と計算して導出されている。

ちなみに感染時期は(1) 発症日から5日間差し引く、(2) PCR検査陽性発覚日から10日差し引く、として計算されている。上記2.6倍は(1)の想定による物で、(2)の想定では比率は1.74倍(= 33/19)となっている。

 

調査方法自体に問題はあるが、それは本論文の最後に語られているので後述する。

問題はこの数値が表す意味だ。果たして本当にGoToトラベルが影響して感染者が増えたと断定できるのか?

 

答えはNOだ。

本論文が無視していること、それは全国の感染者数の増減傾向である

 

下のグラフを見て欲しい。

 

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グラフは厚生労働省のホームページから入手した日毎の新規陽性者数から、論文と同じく10日間差し引いて想定感染日を横軸に直しプロットした物である。

オレンジの線グラフは5日間の移動平均を表している。

 

グラフを見てわかる通り、GoToトラベル開始直後のPeriod.2は全国の感染者数がピーク近くとなっている時期である。

つまり旅行がどうとかGoToトラベル開始とかは関係なく、調査対象期間は全国で感染者数が増加していた時期なのだ。

 

この全国の新規陽性者数を基に論文と同じ方法で比率を計算してみたところ、期間1bから期間2への増加比率は1.44倍 (=6380/4419)となった。

これは上述した論文内で検査発覚日から算出された数値:1.74倍と大差はない。

 

この全国陽性者数は論文内ではカウントされていない東京や大阪も含まれるので同じ条件とは言えないが、全国的に似たような傾向だったことは間違いない。

こういった全体の感染者増加傾向を考慮せず、旅行者だけを取り上げ数値化し比較しても、GoToトラベルの影響があったかどうかは断言できないはずだ。

 

調査時期がかなり限定的

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本論文ではPeriod.3 (8/6-8/31)の期間の結果も載せており、図を見る限りGoTo開始前より旅行による感染者の比率は減っているように見える。

実際、GoTo開始前1ヶ月(Period1a,1b)の全国の新規陽性者数はこちらの期間の方が近いのだから、ここを比較した方がGoToトラベルの影響を評価するのに最適なはずだ。

 

しかし本論文では、3章以降、この期間に関する考察は殆どされていない。

あったのは4章最初の段落にある「Although the second epidemic wave in Japan had
begun to decline by mid-August, the number of travel-associated cases increased during
the Go To Travel campaign.(日本の第二次流行の波は8月中旬には減少に転じていたが、「Go To Travel」キャンペーン中に旅行関連の症例が増加した。)」という一文のみ。しかし、これを裏付けるための数値根拠はどこにも記載されていない。

 

またGoToトラベルは9月以降も続いているが、これに関しては全く言及されてない

9月~10月は比較的感染が落ち着いていた時期で旅行者数も増加していたはずなので、本来ならこの時期がGoToトラベルと感染増加の関係を分析するのに最適な期間のはずだ

 

先程も話した通り、GoTo開始直後という第2波ピーク時に近い時期で比較した数値結果だけを見て結論を出している。分析が十分とは到底言えない。

 

調査に限界がある

本論文では最終章で調査限界について説明しており、まだGoToトラベルが感染拡大させたという事実を示していないということも述べている。ここでいう調査限界とは下記の四つのことを述べている。

  1. 都道府県によって報告内容が異なる
  2. 正確な感染日を特定できていない
  3. 間接的な影響(例えば、渡航制限の緩和による接触の強化など)を調査できていない
  4. 局所的なクラスターの増加など、感染拡大に繋がったことを示す調査ができていない

これらは全て正しいと思うし、GoToトラベルと感染拡大の因果関係を調査するなら、特に3つ目の他要因の分析と4つ目のクラスター数の分析は必須となるはず。

 

では、何故著者はこの結果で論文を公表したのか?

いったい何を主張したかったのか?

論文を読んでもピンと来ない。

 

見えるのは「GoTo直後に旅行によって感染したと人が増加した」という結果だけで、この分析だけではGoToトラベルが感染拡大させたという根拠を示していない。

しかし、本論文はあたかもGoToトラベルが悪であるかのよう主張している。

そこまで主張したいのなら、もう少し踏み込んだ調査をしてから公表すべきなのに。

 

主張が「客観的」ではなく「主観的」

最後の章のここの部分が、本論文の異常さを際だたせている。

Although the policy decision to conduct the Go To Travel campaign was made on the basis of decreased epidemic activity and the expected positive impact of the campaign on socioeconomic activities, it is natural that enhancing human mobility across wider geographic areas would facilitate additional contact and thus increase the spatiotemporal spread of disease [20,21]. When the state of emergency was lifted in Japan around the middle of May (i.e., 21 May for Osaka and 25 May for Tokyo), the original plan was for the reduction in travel restrictions to begin in August, and the campaign was originally intended to start during that month [22]. However, the campaign schedule was moved forward, even as cases were increasing in Tokyo and Osaka and the country was trying to regain control of the epidemic. Government policies have had to strike a balance between epidemic control and restoration of economic activities, and managing both was the justification for implementing the tourism campaign [23]. Thus, experts in infectious diseases and public health cooperated with the government, formulating guidelines for infection control in each sector and offering advice to maximally reduce infections via the use of precautionary behaviors (e.g., wearing masks, avoiding close contact in confined spaces, and hand hygiene). In fact, the campaign included guidance on preventive measures for both travelers and service providers [24]. Nevertheless, the present study findings indicated that these efforts were accompanied by increased travel-associated cases of COVID-19 infection.

 (和訳)Go To Travelキャンペーンの実施は、流行活動の減少と社会経済活動へのプラスの影響が期待されることから政策的に決定されたが、地理的に広い範囲での人の移動を促進することは、接触の増加を促進し、その結果、疾病の時空間的な広がりを増大させることになるのは当然である[20,21]。日本で非常事態が解除された5月中旬(大阪では5月21日、東京では5月25日)には、当初の計画では渡航制限の緩和は8月に開始される予定であり、キャンペーンは当初その月中に開始される予定であった[22]。しかし、東京と大阪で症例が増加し、国が流行のコントロールを取り戻そうとしていたにもかかわらず、キャンペーンのスケジュールは前倒しされた。政府の政策は、流行の抑制と経済活動の回復のバランスをとる必要があり、その両方を管理することが観光キャンペーンを実施する正当な理由であった[23]。そこで、感染症や公衆衛生の専門家が政府と協力して、各分野における感染対策のガイドラインを策定し、予防行動(マスク着用、狭い空間での接触回避、手指衛生など)を通じた感染を最大限に減らすためのアドバイスを行った。実際、このキャンペーンでは、旅行者とサービス提供者の双方に予防措置に関するガイダンスが含まれていた[24]。それにもかかわらず、今回の調査結果は、これらの努力が旅行に関連したCOVID-19感染症の症例の増加を伴っていることを示している。

 

「GoToトラベルと感染拡大の因果関係は示せていない」と言っておきながら、延々とGoToトラベルの批判をしている。

この段落はGoToトラベルにたいしネガティブな印象を強調するためだけに存在し、本論文の分析結果とは何も結び付かない。主観的な主張に過ぎず、全く客観的じゃない。

また、上述した1つ前にはこういった記述もある。

During the summer of 2020, a campaign called “Eat Out to Help Out” was conducted in the United Kingdom with the aim of supporting the food service industry [18]. That campaign was not intended to promote domestic travel, but it has been reported that the campaign may have affected local transmission in the United Kingdom [19].
(和訳) 2020年夏、イギリスでは外食産業の支援を目的とした「Eat Out to Help Out」というキャンペーンが実施された[18]。このキャンペーンは国内旅行を促進することを目的としたものではなかったが、イギリスでの現地発信に影響を与えた可能性があると報告されている[19]。

急に全く関係のないイギリスのGo To Eatを持ち出しいている。

旅行と飲食は全く異なるジャンルの行動であり、さらにイギリスと日本の感染意識(例えばマスクなど)が違うのだからそのまま比較することも難しい。

 

ただただGoTo事業へのネガティブな印象だけを主張したく、都合の良いようにデータを分析して結論を出したようにしか見えない。

まとめ

結論として、本論文は

  • 調査時期がおかしい
  • 分析結果がおかしい
  • 主張がおかしい

という印象しか受けない。

 

西浦教授なら、この論文の完成度で今公表することの意味を当然理解しているはず。
この完成度でもマスコミや野党が表面だけ取り扱ってもらえばGoToトラベルに対するネガティブな印象は強まる。結果、GoToトラベル再開が阻止されてもおかしくはない。

 

私も1人の科学者として、こういった完成度の低い論文を政治利用の為に公表することに強い憤りを感じている。